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Joyeuse

伝説の剣と大層な言い方をしてしまうと、創作の世界かRPGゲームの武器かと思ってしまうが、世界には古き歴史の中で生まれた由緒ある剣や刀が数多く存在する。

銃や大砲が開発される前の中世ヨーロッパでは、鉄と鋼の剣で兵士達は戦争していたし、皇帝や将軍、王といった権力者は、力を誇示するための象徴として宝飾等が施された個人的な剣を所有していた。

伝説の剣は、過去から受け継がれ、現代では場合によってはレプリカとして美術館などで展示されている。今回は、世界的に有名な剣を10本紹介しよう。

人類と共に歴史を歩んできた伝説の剣特集!

# Curved saber of San Martin / サン・マンティンのサーベル

サル・マンティンのサーベル

ホセ・デ・サン・マルティン( 1778年 - 1850年)はアルゼンチン生まれ、南アメリカ各国がスペインの植民地だった時代に、南部の独立戦争でスペインと戦い、活躍した指導者であり英雄。

スペイン軍の軍人だった父を持ち、貴族として生まれ、22年間スペイン軍に従事した。しかし、母国アルゼンチンでの独立運動を受け、革命政府に参加し、スペインと戦った。

ホセ・デ・サン=マルティン
photo via @ wikipedia

ホセ・デ・サン・マルティンは、南アメリカ各国(アルゼンチン、チリ、ペルー)をスペインから解放した解放者として広く尊敬を集めており、祖国アルゼンチンでは彼の命日を国民の祝日としている。

ホセ・デ・サン・マルティンの最も大切な財産の一つは、彼がロンドンで購入した湾曲したサーベルだった。サン・マルティンはサーベルの湾曲した刃を賞賛し、機動戦闘での武器として理想的だと感じていた。

このため、彼は同じような武器を軍隊に採用し武装させていた。サン・マンティンのサーベルは、彼の死まで彼の元にあり、その後、アルゼンチンの軍人であるフアン・マヌエル・デ・ロサスの手に渡った。


# 本庄正宗 (ほんじょうまさむね)

Honjo Masamune The Famous lost sword

正宗は、世界で最も偉大な刀鍛冶として有名な日本の刀工、刀師。正宗は数多くの刀を残した。正宗の刀は、優れた美しさと品質を持つ。

本庄正宗という名は、上杉家の武将本庄繁長が、敵将軍から刀を奪ったことから。最終的に徳川将軍家の所蔵となり、1939年には日本の国宝に指定された。しかし第二次世界大戦、1945年日本の敗戦時に連合軍に接収され、それ以後所在不明となる。

本庄正宗は、第二次世界大戦の終わりに消滅してしまった最も重要な歴史的遺物の一つと言われている。


# Napoleon’s Sword / ナポレオンの剣

ナポレオンの剣

ナポレオン・ボナパルト(1769年 - 1821年)は、ヨーロッパ大陸の大半を支配に置いた軍事的政治的指導者。フランスの皇帝にも即位した。1812年、60万の大軍を率いてロシアへ侵攻を始めたフランスだが、ロシアとの開戦はナポレオンにとって幸運が終わるターニングポイントであった。

ナポレオンはボロジノでロシア軍を破り、モスクワまで入城したが、潜伏していたロシア軍の焼き討ちによって軍は疲弊し、遠征は失敗した。ロシア国境まで生還したフランス兵は、わずか5千人だったという。

戦争に敗北し失脚したナポレオンは、最終的に南大西洋に浮かぶ孤島セントヘレナ島に幽閉され、1821年にその一生を終えた。死因は、ナポレオンは暗殺されたというヒ素毒殺説や胃癌での病死説などがある。

ナポレオンの死
photo via @ wikipedia

ナポレオンは、武器や大砲をコレクションしており、彼が所有した剣も最高の素材でできたものだった。金で装飾された美しい剣は、戦闘でナポレオンが使用していたものである。


# 七支刀(しちしとう)

七支刀(しちしとう)

日本の石上神宮に伝来した古代の鉄剣。65.5cmの中央の刃に沿って、6本の枝状の突起を持ち、前兆は74.9cmになる。

4世紀頃に、百済が倭に献上したものとされ、剣は祭祀や儀式のために用いられていたと考えられている。


# Sword of Mercy / 慈悲の剣 / カーテナ

慈悲の剣 / カーテナ

イングランドのサクソン系の王、エドワード懺悔王(在位1042年 - 1066年)に属する有名な剣。イギリス王家に代々伝わる聖剣である。

慈悲の剣は短く、遮断された壊れた刃を持つ。1236年に、カーテナという名前を与えられ、以来、王室の儀式のために使用されてきた。武器の破壊を取り巻く真相は不明だが、神話の歴史では、不法な殺害を防ぐために、天使によって破壊されたと示しているという。

慈悲の剣は、英国の戴冠宝器(クラウンジュエル)の一つで、1953年、エリザベス2世の戴冠式の際に振るわれた。


# Wallace Sword / ウォレスの剣

ウォレスの剣

スコットランドの愛国者であり騎士、軍事指導者のサー・ウィリアム・ウォレス(1272年 - 1305年)の愛剣だったと伝えられるクレイモア。

13-14世紀、ウィリアム・ウォレスは、イングランドエドワード王の過酷なスコットランド支配に対して、抵抗運動を行い成果をあげた。その後も、スコットランドの守護官として任命され戦ったが、1305年には、ついにエドワード王によって捕獲され反逆罪で処刑されてしまう。

ウィリアム・ウォレス
photo via @ wikipedia

ウィリアム・ウォレスに残虐刑を課したことは、スコットランド国民の感情を鼓舞することとなり、エドワード1世のスコットランド支配はその後しばらくして脆くも崩れ去った。ウィリアム・ウォレスは愛国者と国民的英雄として、スコットランドの国民に記憶されている。

彼のクレイモアは、世界で最も有名な剣の一つである。ウォレスの剣の大きさは刀身が4フィート4インチ(1m32cm)、全長が5フィート6インチ(1m68cm)もあり、これだけの大きさの剣を扱ったウォレスは、身長が6フィート6インチ(1m98cm)はある大男であったと考えられている。

ウォレスの剣はスターリング・ブリッジの戦い(1297年)とフォルカークの戦い(1298年)で使用されたといわれている。


# Tizona / ティソーナ

ティソーナ / 炎の剣

エル・シッド(1045年? - 1099年)の剣。カスティーリャ王国は、イベリア半島に存在した中世の帝国の一つ。エル・シドは、王国の軍事指導者と外交官で、ムーア人と戦い、スペインの英雄となった。彼は熟練した軍事戦略家と強い剣士だった。

エル・シッド

エル・シッドは、一生の間に多くの異なった剣を使用したが、最も有名な剣はティソーナである。 ティソーナは、エル・シッドがムーア人との戦いで振るった。ティソーナはスペインで最も大切な遺物の一つである。ダマスカス鋼から作られており、1002年に製作されたという。スペインのブルゴス博物館に展示されている。


# 山下奉文の軍刀

Tomoyuki Yamashita’s Sword

山下奉文(1885年 - 1946年)は日本の軍人で第二次世界大戦当時の陸軍大将。マレー作戦を指揮し、当時英国の植民地であったシンガポールを占領し世界中にその名を広めた。マレーの虎という異名を持つ。

第二次世界大戦の終了後、戦犯としてフィリピンのマニラにて軍事裁判が行われ、死刑判決が下る。マニラで絞首刑に処せられた。1959年、靖国神社に合祀された。軍刀は高知縣護國神社に伝わっている。


# Zulfigar / ズルフィカール

ズルフィカール

イスラム指導者アリー・イブン・アビー・ターリブ(600年? - 661年)が所持した古代の剣で、イスラム圏では伝説の名剣として伝えられている。 アリーは、預言者ムハンマドの父方の従弟で、ムハンマドがイスラム教を布教し始めた初期に、イスラム教へ入信した人々のひとり。661年にハワーリジュ派によって暗殺された。

ムハンマドは、ウフドの戦いでアリーにズルフィクァを与えた。ムハンマドは、戦場でのアリーのパワーと強さを賞賛し、大切な武器を彼に託したかったのだ。ズルフィカールは、イスラムの信仰のシンボルであり、何百万人もの人々によって賞賛されている。


# Joyeuse / ジョワユーズ

ジョワユーズ
photo via @ imgur

5世紀-9世紀、西ヨーロッパを支配していたフランク王国のカール大帝(742年 - 814年)、シャルルマーニュが所持していたとされる剣。

神聖ローマ帝国では、彼はチャールズ1世として知られており、最初の神聖ローマ皇帝であった。シャルルマーニュは、一生の間に西ヨーロッパおよび中央ヨーロッパの多くを帝国支配し、フランク王国​​を拡大した。

シャルルマーニュは、フランスとドイツの君主の両方の建国の父だけでなく、ヨーロッパの父とみなされている。

カール大帝
photo via @ wikipedia

ジョワユーズの柄頭は金で作られており、グリップの部分は、かつてダイヤモンドで装飾されていたという。ジョワユーズはルーブル美術館に展示されている。

以上、古来から伝わる伝説の剣の特集。

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